2007年12月01日

「死ぬ死ぬ詐欺」ってご存じですか?

ここの趣旨とは異なるし、「ある意味タブーなんだろうなあ」と思いつつ、どうしても気になった事。
一緒に考えて欲しい事があったので、記事にします。

「死ぬ死ぬ詐欺」って言葉ご存じですか?
かなり、ショッキングな言葉です。
私は知りませんでした。
丁度一年ほど前に結構ネット上でアツかった言葉らしいのですが...。
私同様に「知らなかった」という人へ簡単な説明を。

新生児で先天性の異常などがあり、心臓などの移植手術が必要な赤ちゃんや子供がいます。
日本国内で心臓移植は禁止されているため、アメリカに渡って「自費治療」が必要となるのですが、医療費はかなり高額なため、「善意の募金」を募る。
ところが、その内実には「?」のところが多く、これは「詐欺」ではないのか?
と、いうのが「死ね死ね詐欺」を主張する側の意見です。
同じ子を持つ親として、複雑な心境です。

大元が「子供の生死」と「国内医療の壁」「善意による協力」から集められた募金の使途と必要性について、「不透明なところがある」と、2ch/Mixiを中心にかなりアツくやりとりをしていたようです。

例えばAさんは「夫婦そろって某放送局の職員で(夫はチーフプロデューサー)で夫婦そろっての年収は推定3000万円程度」で「都内の所有一戸建てに住んでいる」のを黙って「団体職員の夫婦」と名乗っていたとか、募金を募ったある「救う会」の代表が、自分では「外車を乗り回している」とか、「移植を目的に渡米したが、必要なしとされて、集まった2億円の必要性がなくなった」とか、読む側としたら、ここだけ見てれば、「汚職事件」とか「詐欺事件」とかと同じ構図を連想させます。

一人一人の募金の額は色々でしょうし、そのお金にかける「想い」も様々だとは思うのですが、善意で集まったお金は、尊い物だと思います。
中学校の時に習った孟子の「性善説」、荀子の「性悪説」の比較を連想させられてしまいます。
(本来の意とはかけ離れるのを承知ですが)

私はこの世の中、どんなにセチが無くても、人間の「性善性」を見つけられれば、幸せだなあと願っています。
そして、「自分でそうならなくてはいけないなあ」と思います。
自分とは比較にならない「不幸」に見舞われた他人に対して、「善」を行えることが出来る人は素晴らしいし、その「善」を受けた人は、何倍もうれしいし、大きな糧になる事だと思います。
きっと、他人に対して、より「善」を広める強い種となって行ける力を一緒にもらったと感じられると思います。

それでも、「善を成す」と思って行った事が「悪事を企てる事」や「私欲を得る事」に利用されたとしたら、かなり納得いかないです。

翻って、先日の香川の殺人事件の被害者となった姉妹を考えると、複雑な気持ちになります。
彼女たちの病気は「家族の貧困」だったわけで(Aさん夫婦に比べて、偉そうに論じられる立場ではありませんが。つまり私も十分貧乏ですが)、子供に罪はないよなあという点で比較すると、複雑な気持ちになります。

繰り返せば、「善」から生まれた力が「悪」のカラーを帯びる事は、許されないことであり、大きな裏切りであると思います。
不信や妬みが介在してしまう事も悲しいことです。

そうして、こういった話題が「白黒」判然としないまま、語られていくとは、欲無く「善」を成そうと思った人に、大きなしこりを残すと思います。

興味のある方は「死ぬ死ぬ詐欺」で検索してみてください。

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posted by 古着オヤジ at 21:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | ジャンク このエントリーを含むはてなブックマーク