2008年01月08日

悲惨な加害者にならないために

8日、福岡地裁であった3幼児死亡事故の判決。裁判長が「懲役7年6月に処す」と短く主文を告げると、慌ただしく飛び出す記者の足音が廷内に響き、傍聴の人々は静まり返った。
イザ!「福岡関連・被告見つめる3児の遺影」


私も車を運転します。
「ハッ」とさせられる時も何度かあります。
それでも、本当に幸いにも今まで事故を起こしたことはありません。

これは、結果論であって、起こしたかもしれないし、起こすかもしれないと思います。
悲惨なのは、事故を起こした場合に、自分へのダメージやモノで済めばまだしも、人命を奪ってしまったりしたら。
と思うとゾッとします。

殺意なきままに、関係のない被害者の殺人犯になってしまうわけですから、悲劇以外の何物でもありません。
被害者にも加害者にもなりたくないです。

ですから、最低限、お酒を飲んだら運転はしません

この事件の被告も、被害者の子供たちを殺す気ではなかったのは間違いないでしょう。

しかし、彼は
酔って」時速約85キロで運転し、事故直前、現場近くでふらつきながら猛スピードで走り去るところを通行人らに目撃され、事故後は、すぐに車を停車させず、逃走しようとしたが、約300メートル走ったところで車が故障し、友人に身代わりを頼み2リットルのペットボトル2本に水道水を満タンに入れたものを受けとり、それを飲んだ
しかも、その最中には、被害者の父母は懸命の救助活動をしており、母は4度海中に潜り父は立ち泳ぎしながら2人を抱きかかえていたという。
(Yomiuri online複数記事より抜粋)

悲し過ぎますね。
被告は自らが起こした惨事の重さも、その原因となる飲酒運転も軽く考えていたんでしょうね。
大事な事は、飲酒運転は絶対にしてはいけないと、ドライバー全員が明確な意識を持つことであるだろうし、そのために厳罰を伴った「危険運転致死傷罪」が誕生したと思うのですが。

要件となる「故意」の立証が足かせとなり、一貫性に欠けた適用を強いられている感じがします。
(他方、「故意」の拡大解釈はもっと怖い事ですが。)

今回の判決は、基準があいまいな法に対して、厳格な証拠認定に基づいた結果と言えるそうですが、結局遺族を2度苦しめる事になったのは、法整備の欠陥ともいえるのではないだろうか。
posted by 古着オヤジ at 21:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | ジャンク このエントリーを含むはてなブックマーク